大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所 昭和42年(行ウ)6号 判決

長野県東筑摩郡本郷村浅間二八三番地

原告

三村和民

右訴訟代理人弁護士

中条政好

長野県松本市城西二丁目一番二〇号

被告

松本税務署長

稲垣嘉明

右指定代理人

光広龍夫

高林進

笠原音彦

阿島丈夫

柴芳巳

中川精二

田村広次

日浦人司

右当事者間の所得税賦課決定処分取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

被告が原告に対し昭和四〇年一一月二五日付でした、原告の昭和三八年度分所得税および重加算税の各賦課決定(ただし、いずれも昭和四二年七月三日付更正処分により減額されたもの。)を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

二、被告

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、原告は金融業者であるが、原告の昭和三八年分(昭和三八年一月一日から同年一二月三一日まで)の所得については、利息収入総額七、七九九、六四〇円を得たが、貸倒れ総額が七、九三四、〇〇〇円であつたため、結局零となつたので、所得税の申告をしなかつたところ、被告は、原告に対し、昭和四〇年一一月二五日付の所得税賦課決定通知書により、所得税および重加算税の各賦課決定をした。

二、そこで原告は、昭和四〇年一二月二四日被告に対し異議を申し立てたところ、三月を経過するも、その異議申立てについての決定がなされなかつたため、国税通則法第八〇条一項一号により、みなす審査請求となり、結局関東信越国税局長は裁決により、原処分の一部に変更を加え、その旨の昭和四二年六月九日付裁決書謄本を同年七月四日原告に送達してきた。

また、被告は、同年七月三日付をもつて、原処分を一部変更し、その旨の通知書を同月四日原告に送達してきた。

三、しかし、原告には所得が全くないのであるから、右処分はいずれも違法である。よつて、原告はその取消しを求めるため本訴請求に及んだ。

第三、被告の答弁および主張

一、請求原因のうち、原告の昭和三八年分の所得が零であることは争い、その余は認める。

二、本件課税処分は次のとおりいずれも適法なものである。

1  本件課税処分の経緯

〈省略〉

2  本件課税処分の根拠

(一) 原告は、従来から所得税の確定申告を全くしておらず、被告の調査に対しては、給与所得者であるから確定申告していなかつたと述べていた。しかし、被告が調査したところ、手広く金融業を行ない、多額の貸金利息収入があり、これに対する所得税の申告もれがあると認められたので、被告は、原告の帳簿、取引先等の審査を行ない、原告の昭和三八年分所得税および重加算税の各賦課決定とを行なつたものである。

ところで、原告が被告に提示した帳簿には貸金の利息収入の記帳もれが多く、また、必要経費についての書類の整備、保存が不備であり、これらの帳簿書類に基づいて正確な所得金額を算出することはできなかつた。そこで、被告は、原告の資産負債の増減額により所得金額を計算することとし、昭和三八年一月一日(以下、「期首」という。)および同年一二月三一日(以下、「期末」という。)の事業に係わる純資産増加額を算出し、さらに事業外の収入支出を加減し、本件所得金額を算出した。その計算内容は、次のとおりである。

(1) 純資産増加額の計算根拠

〈省略〉

(2) 事業所得の計算根拠

〈省略〉

(3) 納付すべき所得税額の計算根拠

〈省略〉

(二) 資産負債増減額の計算根拠

(1) 現金増加額九四、二三七円

右金額は、裁決時に原告が提示した元帳の記載金額を期首、期末の在高として、算出した。

(2) 当座預金減少額四三、七〇〇円

右金額は、次の表のとおり原告の元帳に基づいて計算した。

〈省略〉

(3) 普通預金減少額一、一二八、八六一円

右金額の内訳は表のとおりである。大井久子名義の預金は、原告が従業員の氏名を使用したものである。

〈省略〉

(4) 定期積金増加額一、〇〇八、〇〇〇円

〈省略〉

(5) 定期預金増加額一、〇〇〇、〇〇〇円

〈省略〉

(6) 貸付金増加額八、六八七、一六〇円

右金額は、原告が元帳に計上した金額に計上もれ分があつたので、これを加算したものであつて、その内訳は次の表のとおりである。

〈省略〉

ただし、右貸金のうち不良貸付金と認められた二七〇、〇〇〇円は、後記(三)の(3)のとおり貸倒れ損失とした(宮沢、林、関の三口)。

(7) 出資有価証券増減額なし。

期首、期末とも、松本信用金庫への出資金五〇、〇〇〇円で、原告の計上額と同じである。

(8) 土地建物増加額二、二四一、六二七円(注)

右土地・建物は訴外関謹護が有していたものであるが、同人の債権者松本信用金庫によつて競売の申立てがなされ、昭和三八年一二月二一日堀田今朝美名義で競落手続をしたが、実質は原告外四名が取得したものであつて、その取得に要した費用の内訳は次のとおりである。

〈省略〉

右土地建物は、右のように実質は柳沢弥平、三溝春蔵、隠岐秀雄、堀田今朝美および原告(名義上は、原告の妻三村勇)の五人共同で競落したものであるが、その後、名義のみの堀田今朝美の持分については、協議契約念証にはかかわりなく、原告が一人で引き受けたため、原告の出資分は二口となつた。すなわち、原告はその出資額に対応して五分の二の所有権を取得したもので、その内訳は次のとおりである。

〈省略〉

右建物の期末資産価額については、原告分三七五、六八〇円から減価償却額二、八七三円を控除した三七二、八〇七円とし、土地建物の期末資産価額は、これに土地の価額一、八六八、八二〇円を加えた二、二四一、六二七円とした。

なお、右土地建物の取得に要した金二、二四四、五〇〇円は、松本信用金庫本町支店からの借入金であつたので、賃債として計上した(後記(10)松本信用金庫本町支店借入の欄参照)。

また、被告の純資産増加額の計算は、同対象の表裏ともいうべき金額の入出金を、一方は資産(土地建物)に、一方は負債(借入金)に、それぞれ加算減算したものであるから、原告が一面のみをとらえて否認することもまた失当である。

(注)

土地建物増加額とは、土地建物の値上り分を掲記したものではなく、土地建物の取得価額を原告の純資産増加額の計算に加算したものである。

(9) 車輛運搬具増加額三〇二、二五六円

〈省略〉

(10) 借入金増加額四、〇六二、〇〇〇円

右金額は、銀行および個人からの信用または手形借入金であつて、その内訳は次の表のとおりである。

〈省略〉

右の表のうち関謹護関係借入金とは、(8)に述べた土地建物を競落するに際し、原告外四名が松本信用金庫から、競落に要する資金を借り入れた資金五、六一一、二五〇円のうちの原告負担分(五分の二口)である。

(11) 当座借越増加額九〇〇、〇〇〇円

〈省略〉

(三) 事業所得算出の計算根拠

(1) 純資産増加額に加算する額六一三、一九三円

イ 昭和三八年分の所得から生活費に消費した金額六〇〇、〇〇〇円

ロ 車輛売却損一三、一九三円

〈省略〉

(2) 純資産増加額から減算する額五一、九四四円

イ 分離課税である預金利息一八、一〇〇円

ロ 車輛売却益三三、八四四円

〈省略〉

(3) 貸倒損失

〈省略〉

3  重加算税賦課決定の根拠

原告は、以下述べる理由のとおり、原告の申告納税すべき所得税について、その課税標準たる所得金額又は税額の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺい、仮装し、さらにその隠ぺい仮装したところに基づき法定申告期限までに確定申告書を提出しなかつた。これらは国税通則法第六八条二項に該当するので、重加算税を賦課決定したものである。

(一) 原処分の調査時に、原告は、給与所得者であつて、金融業は行つていない旨虚偽の答弁をしたこと。

原処分の調査に着手した当時、松本税務署の調査担当者米山昭司の質問に対し、原告は「丸山鉄工株式会社からの給与所得者であつて、その余の収入はない。本郷村役場にも給与所得で申告している。」旨答弁した。そこで本郷村役場に照会したところ、原告は、丸山鉄工株式会社から給与を受けている如く、同会社の給与所得の源泉徴収票を添付して申告をしていた。丸山鉄工株式会社を調査したところ、同会社では原告へ給与を支払つた事実はなく、源泉徴収票は偽造したものであることが判明した。

(二) 原告は、中島兼吉なる架空名義を用いて、丸山鉄工株式会社に金員を貸し付け、利息を受け取りながら収益を隠ぺいした。

(三) 原告は、その金融取引の一部について、金銭消費貸借契約上の名義を、原告の妻三村勇の氏名を使用して、仮装した。

(四) 原処分調査時において、金熊産業株式会社への貸金につき質問したところ、「貸金の事実はなく、債権者の名義を貸したもの」と答弁し、同趣旨を、昭和三九年九月一二日付申告書を提出して、申し立てたが、調査の結果、貸金の事実があり、右申告書は虚偽の申告であつた。

(五) 原告は、その銀行預金の一部について、妻三村勇、二女三村民子、使用人大井久子等の他人名義を使用して、収益を預金していたが、収益を確定申告しなかつた。

(六) 三井銀行松本支店の三村勇名義定期積金は、昭和三九年に至り、三村岩喜の架空名義定期預金に名義を変え、日本勧業銀行松本支店には中原豊の架空名義普通預金を新規に設けるなどの行為により、税務調査から事実を隠ぺいした。

第四、被告の主張に対する原告の答弁および反論

一、被告の主張1は認める。

二、同2(一)(1)の表中、資産負債科目欄8土地建物の増加差額を否認し、その余は認める。右差額は単なる価値の増加であつて現過程においては現行法上所得を構成しない。

三、同2(一)2の表中、項目欄1純資産増加額を否認し、9貸倒損失金についてはその金額のみであることを争い、その余は認める。

四、同2(一)(3)の表中、区分欄1事業所得を否認する。

五、同2(二)、(三)については、前二、三項の認否と同じである。

六、同3は否認する。

七、貸倒損失金についての原告の反論

被告は、原告の昭和三八年分の貸倒損失金は二七〇、〇〇〇円であるとするが、原告には、右貸倒損失金の外に、次のような貸倒損失金があり、合計七、九三四、〇〇〇円である。

〈省略〉

第五、原告の貸倒損失金の主張に対する、被告の再反論

一、所得金額算定に当り、本件係争年分である昭和三八年当時施行されていた所得税法(昭和二二年三月三一日法律第二七号)によれば、事業所得の金額は、その年中の総収入金額から、当該総収入金額を得るために必要な経費を控除した金額である(所得税法第九条一項四号ならびに第一〇条一項および二項)。

そこで、貸倒金が、所得税法第一〇条二項(必要経費)にいうところの「その他収入を得るために必要な経費」として、「総収入金額から控除すべき経費」といえるためには、その事業の遂行上生じた売掛金貸付金、前渡金その他これらに準ずる債権の貸倒れであつて、債権の取立て不能が客観的に確認でき、または債権放棄の事実が確定した場合において、その損失の生じた日の属する年分の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入できるものと解されるべきである(現行所得税法第五一条参照)。

すなわち、債権発生主義を堅持する所得税法の下においては、課税される所得金額を決定するにつき計上しうる損失額は、当該年度内に損失として確定したものに限られると解すべきで、貸倒債権を損失に計上するためには、その債権が取立て不能若しくは放棄した事実が同年度において既に発生したものであることを要する(昭和二九・一〇・一二名古屋地裁判決昭二八(行)九、行裁集五巻一〇号二、三一五頁)。

さらに、貸倒れの認定基準としてある年度に債権の貸倒れが生じたとして、その額を当該年度の損失に計上しうる場合は、その年中に債権の弁済期が到来し、かつ、その年度中に債務者において破産もしくは和議手続の開始、事業の閉鎖、失そう、刑の執行、債務超過の状態が長く続き、衰微した事業を再建する見透しがないこと、その他、これらに準ずる事情が生じ、債権の回収の見込みがないことが確実となつた場合でなければならない(昭和四〇、七、三大阪地裁判決昭二九(行)七)と解される。

二、よつて、本件の貸倒損失についても、取立て不能または債権放棄の事実が昭和三八年内に確定していなければ、貸倒れとして認められるべきでなく、以下個別に検討する。

1  中島里一に対する貸倒れ六、五〇〇、〇〇〇円について

(一) 定期預金証書二、〇〇〇、〇〇〇円の詐欺関係(甲第五号証の一)については、不動産が根抵当に入つており(甲第三号証の一、同号証の二の(二))、当該不動産の根抵当約定期間は昭和三九年一〇月末であり、さらに、右不動産の競売は昭和四〇年に行なわれており、昭和三八年においては貸倒れとなつたとは認められない。

(二) 約束手形額面五〇〇、〇〇〇円の不渡関係(甲第五号証の二)については、手形の支払期日が昭和三九年一月一四日であり、かつ、日本勧業銀行松本支店における呈示ならびに支払拒絶の日が昭和三九年一月一六日であつて、昭和三八年分の貸倒れではない。

(三) 約束手形額面一、五〇〇、〇〇〇円の不渡関係(甲第五号証の三)については、手形の支払期日が昭和三九年一月一四日であり、かつ、日本勧業銀行松本支店における呈示ならびに支払拒絶の日が昭和三九年一月一七日であつて、昭和三八年分の貸倒れではない。

(四) 約束手形額面二、〇〇〇、〇〇〇円の不渡関係(甲第五号証の四)については、手形の支払期日が昭和三九年一二月二〇日であり、昭和三八年分の貸倒れではない。

(五) 約束手形額面五〇〇、〇〇〇円の不渡関係(甲第五号証の五)については、手形の支払期日が昭和三九年一月二四日であり、かつ、日本勧業銀行松本支店における呈示ならびに支払拒絶の日が昭和三九年一月二四日であつて、昭和三八年分の貸倒れではない。

(六) 以上(一)ないし(五)の合計六、五〇〇、〇〇〇円について原告は貸倒れであると主張するが、たまたま手形等が不渡りとなつたとの理由のみで貸倒れを主張することはできない。

すなわち、原告が審査請求時に関東信越国税局協議団の協議官あて提出した文書(乙第一四号証)で明らかなように、中島里一に対する貸付けに関しては、約束手形が銀行不渡りとなつたあとの昭和三九年に入つて、なおも、原告は追加して貸付けを行なつており、また、利子も昭和三九年以降一三七万円を受け取つている。さらに債権放棄通知書を発送したのは昭和四〇年一二月三一日である。

2  関謹護に対する貸倒れ一二〇、〇〇〇円について

被告計算においても貸倒れに認めているので、あらためて減算することは重複して認容することとなり、失当である。

3  東洋毛針製作所関係の貸倒れ二一四、〇〇〇円について

(一) 東洋毛針製作所の貸付金は、原告の帳簿記録になく、原処分の調査および審査請求時において手形・小切手の呈示がなかつたもので、当初から貸付金として加算計上してなく、課税計算の対象外であつたのであるから、結果的に貸倒れと同様の計算となり、今となつて貸倒損失として減算する理由はない。

(二) この二一四、〇〇〇円のうち小切手五〇、〇〇〇円二口(甲第七号証の三、四)は東洋物産株式会社代表取締役森広進関係のものであるが、これは重複するものである。

すなわち、東洋物産株式会社代表者森広進に対する貸付金は、同社が法人として設立されてから、貸付けた五万円のみである。小切手は何枚書き替えたとしても、貸金は五万円一口に過ぎず、別個に五万円の貸借れが何口も存在するような主張は、貸倒れを過大に主張するもので、失当である。

(三) 被告は、本件処分において、昭和三八年末貸付金として東洋物産株式会社代表者森広進分五万円のみを計上している。この五万円については、昭和四〇年一二月三一日に債権放棄の手続をとつており、昭和三八年においては未だ貸倒れとは認められないものである。

4  横山実子に対する貸倒れ一、一〇〇、〇〇〇円について

原告の主張する甲第八号証の一ないし五の約束手形については、原処分調査時および裁決時を通じて呈示されたことはなく、かつ、原告の帳簿記録にもなかつたものである。

したがつて、当初から被告計算上昭和三八年末の貸付金として加算計上してなく、課税対象外であつたのであるから、結果的に貸倒れと同様の計算となり、今となつて貸倒損失として減算する理由はない。

さらに、甲第八号証の一ないし五の約束手形は、銀行に取立て委任をしたとも認められず、貸倒れとは認め難いものである。

第六、証拠関係

一、原告

甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三号証の一、第三号証の二の(一)ないし(七)、第四号証の一、二、第五号証の一ないし五、第六、七号証の各一ないし四、第八号証の一ないし五、第九号証を提出。証人中島里一の証言、原告本人尋問の結果を援用。乙第一七号証の成立は知らない。その余の乙号各証の成立(乙第一〇号証、第一一号証の一、二については原本の存在を含め)は認める。

二、被告

乙第一号証、第二号証の一、二、第三、四号証、第五号証の一ないし六、第六号証、第七号証の一、二、第八号証、第九号証の一、二、第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証、第一三号証の一ないし三、第一四号証、第一五、一六号証の各一、二、第一七号証、を提出。証人米山昭司、同松下正久の各証言を援用。甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三号証の一、第三号証の二の(六)、(七)、第四号証の一、二、第九号証のうち郵便官署作成部分の各成立は認め、その余の部分およびその余の甲号各証の成立は知らない。

理由

一、原告主張の請求原因事実は、原告の昭和三八年分(昭和三八年一月一日から同年一二月三一日までをいう。以下同じ。)の所得が零であるとの点を除き、当事者間に争いがない。

二、そこで以下、被告の原告に対する昭和四〇年一一月二五日付昭和三八年分所得税ならびに重加算税各賦課決定(以下、本件課税処分という。)が適法なものであつたか否かについて判断する。

まず、本件課税処分の経緯については当事者間に争いがない。証人松下正久、同米山昭司の各証言によれば、原告は給与所得者と称して昭和三七年分から昭和三九年分の所得税の確定申告をしていなかつたが、昭和四〇年七月ごろ、当時の松本税務署調査担当者米山昭司が調査したところ、原告には金融業による貸金利息収入があることが判明したので、被告は原告の提示した帳簿類等を調査したが、利息収入の記載もれが多く、また必要経費についての証ひよう書類等の整備、保存が不備なため、これら書類によつては到底正確な原告の所得を算出することが不可能な状態であつたこと、そのため被告は原告の資産の増減により所得を計算することとし、原告の昭和三八年一月一日および同年一二月三一日の純資産額を算出し、これに事業外の収入支出を加減して、その所得金額を算出する方法をとつたこと、以上の事実が認められる。

右のように原告の提出すべき、収入金額、必要経費等を明らかにする営業上の帳簿類等が欠除しているか、もしくはそれが不正確で信頼がおけないため、所得の実額調査ができない場合において、被告が前記認定のような方法で所得を算出したのは合理的であり、したがつて、かゝる方法をとつたことは相当としてこれを是認することができる。

三、ところで、被告の主張する本件課税処分の根拠のうち、被告主張2(一)(1)「純資産増加額の計算根拠」の表中、資産負債科目欄8「土地建物」の増加差額と、その結論である「差引純資産増加額」、同(2)「事業所得の計算根拠」の表中、項目欄1「純財産増加額」、8「算出事業所得」の計算関係、右の結論である10「差引事業所得金額」、同(3)「納付すべき所得税額の計算根拠」の表中、区分欄1「事業所得」、これに伴う以下の計算関係、同(二)「資産負債増減額の計算根拠」のうち、(8)「土地建物増加額二、二四一、六二七円」ならびに被告主張3「重加算税賦課決定の根拠」については、いずれも原告が否認し、被告主張2(一)(2)「事業所得の計算根拠」の表中、項目欄9「貸倒損失金」の金額、同(三)「事業所得算出の計算根拠」のうち、(3)「貸倒損失」の「計」となる数字を争うが、その余の部分は当事者間に争いがない。

してみると、本件の争点は、土地建物の増加額、貸倒損失金の額および重加算税賦課決定の根拠の三点となる。そこで以下順次検討する。

四、土地建物の増加額について

成立および原本の存在について争いのない乙第一〇号証、第一一号証の一、二、成立に争いのない同第一三号証の一ないし三、証人松下正久の証言、前記および後記のように、この年分の借入金として、関謹護関係借入金二、二四四、五〇〇円を計上することに争いのない事実を総合すると、松本市大字桐字元原二、五七二番六〇宅地一三〇坪九合および同番所在(家屋番号、元原八八番二)木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟、建坪六〇坪九合二勺、二階坪三三坪は訴外関謹護が所有していたものであるが、同人の債権者松本信用金庫より競売の申立てがなされ(長野地方裁判所松本支部昭和三八年(ケ)第二三号)、昭和三八年一二月二一日堀田今朝美名義をもつて競落されたが、しかし実質は柳沢弥平、三溝春蔵、隠岐秀雄、堀田今朝美(ただし、この堀田分は名義のみ)および原告(名義上は、原告の妻三村勇)の五名が共同で競落したものであり、その直後、名義のみの堀田今朝美の持分については、原告が護り受けたため、その出資分は二口に増加し、それにより原告は右土地建物の各五分の二の持分権を取得するに至つたこと、右土地建物の取得価額が合計金五、六一一、二五〇円であつたので、原告の出資分二口に対応した五分の二の相当額金二、二四四、五〇〇円が昭和三八年一二月三一日期末資産価額となつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

一方、原告が右土地建物の取得に要した金員が松本信用金庫本町支店からの借入金二、二四四、五〇〇円であつたので、被告が同借入金を、右期末の負債として減算している点については当事者間に争いのないところである。

してみると、資産増減法による所得計算にあたり、一方は資産(土地建物)に、一方は負債(借入金)に計上したことは相当と解すべきである。

また、原告は、被告主張の右土地建物の増加額は値上りによる単なる価値の増加であつて、現行法上所得を構成しないと主張する。しかしながら、先に認定したごとく右増加額とは、原告主張のごとき土地建物の値上り分(評価益)を掲記したものではなく、原告が土地建物を現実に取得したことによる、その取得価額をここに計上したものであるから、原告の主張は採用の限りでない。

五、貸倒損失金について

被告が主張する宮沢照美に対する金一〇〇、〇〇〇円、林秀行に対する金五〇、〇〇〇円、関謹護に対する金一二〇、〇〇〇円、以上合計金二七〇、〇〇〇円の貸倒損失金があつたことについては原告において明らかに争わないところであるか、原告は右貸倒損失金の外に、中島里一に対する金六、五〇〇、〇〇〇円、関謹護に対する一二〇、〇〇〇、円東洋毛針製作所に対する金二一四、〇〇〇円、横山実子に対する金一、一〇〇、〇〇〇円、以上合計金七、八一四、〇〇〇円の貸倒損失金があつたと主張するので、次に検討する。

1  中島里一関係

(一)  定期預金証書二、〇〇、〇〇〇円の詐欺関係

成立に争いのない甲第三号証の一、第四号証の一、二、乙第一四号証、原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第三号証の二の(一)ないし(五)、第五号証の一に、証人松下正久、同中島里一の各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、原告は昭和三七年一二月二日ごろ、訴外金熊産業株式会社(取締役社長中島里一)の訴外株式会社八十二銀行に対する定期預金証書(額面二、〇〇〇、〇〇〇円、満期日昭和三八年一二月二〇日)を担保に、訴外中島里一に金二、〇〇〇、〇〇〇円を貸し渡したところ、中島は右定期預金証書の紛失届を銀行に提出して、証書の再発行を受けた後、昭和三八年八月七日に右預金を引き出してしまつたこと、しかし、右貸金を含め中島が当時原告に対し負担していた債務、および将来負担すべき債務について、原告は昭和三八年一〇月一〇日中島との間で、同人所有の土地建物に順位二番の根抵当権を設定し、債権極度額五、〇〇〇、〇〇〇円とする根抵当引ならびに抵当権設定契約を締結し、以後、原告は中島に対し継続的に融資をしていたこと、中島は翌三九年一月に手形の不渡りを出したりしたが、その後も原告は中島に融資を続け、同年一二月に中島が倒産する間、最高融資額は前記極度額を超えたこともあること、昭和三九年六月一五日には原告は中島より前記金二、〇〇〇、〇〇〇円の貸金について弁済を確約させ、その旨の念書を差し入れさせており、前記契約による根抵当約定期間は昭和三九年一〇月末であつて、結局右不動産の競売が行なわれたのは、昭和四〇年であつたこと、その間原告は中島より約一、三八一、〇〇〇円の利息を受領していたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人の供述部分は借信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  約束手形額面五〇〇、〇〇〇円の不渡関係

原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第五号証の二によれば、手形の振出期日が昭和三八年一二月一六日、支払期日が昭和三九年一月一四日、日本勧業銀行松本支店における呈示ならびに預金不足による支払拒絶の日が同月一六日であることが認められる。

(三)  約束手形額面一、五〇〇、〇〇〇円の不渡関係

原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第五号証の三によれば、手形の振出期日が昭和三八年一二月一六日、支払期日が昭和三九年一月一四日、日本勧業銀行松本支店における呈示ならびに取引解約後による支払拒絶の日が同月一七日であることが認められる。

(四)  約束手形額面二、〇〇〇、〇〇〇円の不渡関係

原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第五号証の四によれば、手形の振出期日が昭和三八年一二月一九日、支払期日が昭和三九年一二月二〇日であることが認められる。

(五)  約束手形額五〇〇、〇〇〇円の不渡関係

原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第五号証の五によれば、手形の振出期日が昭和三八年一二月二六日、支払期日が昭和三九年一月二四日、日本勧業銀行松本支店における呈示ならびに取引解約後による支払拒絶の日が同月二四日であることが認められる。

ところで、債権が貸倒れとして、所得額算定にあたり損失として控除されるためには、債権者の破産、事業閉鎖、所在不明等損失を生ずべき事実が発生し、そのため債権の取立てが不能となるか、または債権を放棄したという事実が当該年度内に確定した場合でなければならないと解すべきところ、前記認定のごとく、原告の訴外中島里一に対する賃金債権はいずれも昭和三八年一月一日より同月一二月三一日の間に取立て不能になつたものでもなく、また債権を放棄したものでないことが明らかであるから、これを昭和三八年分所得算定上控除しないのは相当である。

2  関謹護関係

原告が主張する貸倒れ一二〇、〇〇〇円は、関謹護振出しの約束手形四通(甲第六号証の一ないし四)の分であるが、本件課税処分においては、これと同様内容のものが既に貸倒損失として計上されており、それとは別口であることを窺うに足りる資料がないので、原告の主張は採用できない。

3  東注毛針製作所関係

原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第七号証の一、二に証人松下正久の証言を総合すれば、右製作所に対する貸付金については原処分の調査および審査請求時において、右手形、小切手の提示がなく、本件課税処分の対象となる所得計算をするに際し、当初から貸付金として資産に加算計上されていないことが認められ、したがつて、結果的には貸倒れと同様の計算になつているのであるから、原告の主張は理由がない。

なお、原告は、東洋物産株式会社に対する貸倒金をも主張していると思われるので、この点についても判断するに、成立に争いのない乙第一四号証、乙第一五証号の一、二、第一六号証の一、二、原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第七号証の三、四に証人松下正久の証言を総合すると、原告が東洋物産株式会社に貸し付けたのは、同社が法人として設立されてから貸し付けた五〇、〇〇〇円のみであり、二通の小切手は一通を書き換えたものにすぎず、しかも右貸付債権を放棄したのは昭和四〇年一二月三一日であることが認められ、右認定に反する原告本人の供述の一部は措信できない。してみると、この点に関する原告の主張も理由がない。

4  横山実子関係

原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第八号証の一ないし五に、証人松下正久の証言を総合すると、右五通の約束手形については、原処分調査時ならびに審査請求時を通じ、被告に提示されたことなく、原告の帳簿にも記載がなかつたものであり、本件課税処分の対象となつた所得を計算するに際し、当初から貸付金として資産に加算計上されていないことが認められ、したがつて、結果的には貸倒れと同様の計算になつているものであるから、原告の主張は理由がない。

六、重加算税賦課決定処分の根拠について、

原告が昭和三七年から三か年間所得税の確定申告をしていなかつたことは先に認定したとおりであるが、成立に争いのない甲第三号証の一、乙第二号証の一、二、第三号証、第四号証、第五号証の一ないし六、第七号証の一、二、乙第一二号証、証人松下正久の証言により真正に成立したと認められる乙第一七号証に、証人松下正久、同米山昭司の各証言を総合すると、昭和四〇年七月から同年九月にかけ当時の松本税務署勤務の調査担当者米山昭司が原告の所得調査を行つたところ、原告の丸山鉄工株式会社に対する多額の貸付けが判明したため、反面調査を行つたが、原告は、右会社から中島兼吉なる架空名義をもつて利息を受け取り、その収益を隠ぺいしていたこと、そこで原告に直接会つて調査したところ、原告は、丸山鉄工株式会社からの給与所得者であつて、申告する必要がなく、居村本郷村役場に申告している旨答弁したので、同役場に照会したところ、原告は、同会社から給与を受けている如く、同会社の給与所得の源泉徴収票のコピーを添付して申告してあつたが、更に同会社を調査すると、同会社では原告に給与を支払つた事実はなく、右源泉徴収票は何人かが偽造したものであることが判明したこと、次いで原処分調査時において、原告に金熊産業株式会社への貸付金について質問したところ、原告は、貸金の事実はなく、債権者の名義を貸したのみだと答弁し、同趣旨の申告書(乙第一二号証)を提出したが、調査の結果、貸付けの事実があり、右申告書は虚構のものであることが明らかになつたこと、原告は、銀行預金の一部について、妻三村勇、二女三村民子、使用人大井久子等の他人名義、三村岩喜、中原豊等の架空名義を使用して、収益を隠ぺいしたこと、以上の事実が認められる。

してみると、原告は故意に昭和三八年分の所得の確定申告をその期間内にせず、かつ、右義務不履行が、その課税標準たる所得金額もしくは税額の計算の基礎となるべき事実の全部もしくは一部を隠ぺい、仮装したうえでなされたものと解せざるを得ない。そうであるならば、原告の行為は国税通則法第六条二項に該当するものであり、本件重加算税賦課決定に違法があるとの原告の主張も採用の限りでない。

七、そうすると、以上の認定事実を前提としてなされた。被告の原告に対する本件課税処分はいずれも適法というべく、右認定に反する事実を前提とする原告の本訴請求は失当であつて、棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用したうえ、主文のとおり判決する

(裁判長裁判官 野本三千雄 裁判官 荒木恒平 裁判官 村上光鵄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例